わんぱく天国 昭和62年〜
・地域の方々が見守りに入っている。
・対象は、未就学児から中学生くらいまで。
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・9時−18時
・プレーリーダー常駐
・管轄:教育委員会
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公園条例上は、押上公園
→わんぱく砦
→安らぎ広場
地域の集会所と同設
→別の団体が動かしている。
道路公園課と協定を結びながら。
●教育委員会は、清掃や日々の業務管理、遊具の管理。
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質問
①設立経緯等、どのようなキッカケで、誰がどのように関わる中でこのような場が出来たのか。
→設立当初の写真等もあれば当日拝見したい。
②ケガや事故等
→未だかつて運営を揺るがすような事故や苦情を起きたか、あるか。どう対応したか。
③わんぱく天国のような場所を、区内で設置を求める要望等はないか?
→あれば今後の意向や、設置課題などあれば。
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自由さに関して
●危険行為に対して
・山から三輪車で降りる。
→人がいるときには、やめてもらっている。
・名前を書いてもらっている。
・ケガをしたときの保険をとして、名前を書いてもらっている。
・キャッチボール、野球はできる。
→
・バスケットボール
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①わんぱく天国のような場所を、区内で設置を求める要望等はないか?
→ボール遊びが出来ない公園が少ないという声はあるが、他にこういう声はない。
②設立経緯等、どのようなキッカケで、誰がどのように関わる中でこのような場が出来たのか。
→ものづくりがある。中小企業が多い。1万弱。60年代には7000件。
→空地がどんどん減ってきていた。子どもたちが遊ぶ場所が減ってきていた。
→押上公園があったところ、教育委員会が、冒険遊び場的な公園を作ったらよいのではないかという話。
→集会所もない、と言う声も合わさって、できた。
→どういう公園を建てていくか。羽根木プレーパークの映像を見せた。
→近くの子ども会の3・4年生を集めて、わんぱく子ども会議を実施して、声を聞いた。
→羽根木と国分寺に連れて行って、たいへんしてもらった。 昭和59−60年
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当時の想定
●小学校3・4年生を対象に作られた。
●現在の利用者の7−8割は、未就学児。
●小学生は、15時から17時までくらいしか遊べないし。
●遊び場がないから、遊び場のコースとして使用している。
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休日:他の地区から遊びに来る人もいる。
→スカイツリーで遊んだ後で、ここに遊びに来る。
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利用者数
・360日空いている。37500人程度利用者
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地域の方々には浸透している。
→30年経っているから、当時子どもたちだった子が遊びに来ている。
→見守りの人がいる。普通の公園では出来ないことができる。
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・参加人数は増えていく傾向
→名簿の人数をカウント
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・模擬店だけ、お金が発生する。
→基本的には無料。
・地域教育支援課に登録。
12人いらっしゃる。男性4人 女性8人
60・70代が中心。40代1人(45歳の方で、児童の方は朝のみ)、50代2人
→ボランティア 620/
・つねに2人いる。だから、厳しい。
・基本的には区内の方
→新しい若い人の登録者はいない。4時間は難しい。
→大学生とか来てくれる人が来てくれればいいな、というのが理想的。
→人材不足
→昔は、子どもたちと一緒に遊べる若いスタッフはいたけど、今は見守りのみ。
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ボランティアスタッフに関して
・子どもとの関係性があるので、やり方もつかめないと難しい。
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・騒音苦情はない。
→30年くらいやっているので
→苦情がくるのは、火をつかうと、煙がでるので、基本的にはない。
→イベント時にやきいもをやるときに、籾殻から燃やしてやるので。
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